【#3】頑張らない勇気
こんにちは。こんばんわ。おはようござます。
ひでりと申します。
ブログ開設してから3記事目。
無理に書こうとはせずに、自分の気分が乗った時にその時思ったことを吐き出すかの如く書き連ねております。
昔、何度もブログを開設していたのですが、「毎日書かなければいけない!」みたいな呪縛にやられていた自分がいたせいか、1年も持たずに挫折する経験を何度も繰り返してきました。
やり方が間違っていた気がしたので、今では気ままに書いていこうと思います。
そんなわけで、
本日は、「頑張らない勇気」について書いてみようと思います。
あくまで、個人的かつ感情的・直感的に思いついたまま書いておりますので、軽い気持ちで見ていただければと。
幼少期から親や先生、親戚やその他の出会った人からよく言われた言葉
「頑張ってね!」
この言葉を洗脳されるかの如く頭に擦り込まれ、何の疑いもなく信じて頑張ってきた。
自分は周りに影響されやすく、変に断るのも無視するのも下手な人間だったので、
常に
【頑張りに答えなければいけない】
【頑張って認めてもらわなければいけない】
そんな気持ちが心の奥深くに潜めいた状態でひたすら歩いてきた。
学生の頃までであればがむしゃらに行動して、
自分が興味あることに何でも飛び込んで、体を酷使してまでも色んな経験をしてきた。
その都度、達成感や充実感を味わって心を満たしてきた。
ところが、社会人になってからは180度一変した。
自分が頑張ろうと思うほどうまくいかず、何度も落ち込んでは自分を励ましてた。
そして断れない性格や勢いで行動する性格もあり、自分のキャパを軽々超えて体を2度もぶっ壊してきた。
体を壊すたびに毎回毎回頭の中で思っていた。
「何で頑張っているのに、病気になるのだろう...」
「普通に頑張り続けたいのに、なんで続かないのだろう...」
社会人になってからこの感情が幾度と頭の中を駆け巡っていた。
一度体を崩してからは、頑張りすぎないよう健康に気をつけていこうと決心し、
食事・睡眠・運動を心がけて生活してきた。
確かに心がけたその期間はものすごく心が安定して、生活は充実していた。
ただ、心が安定した途端自分の奥底で潜めいている「頑張らないければいけない」モンスターが大きく前に出始め、自分のキャパを超えた行動を取ろうとする。
そしてまた、体を崩す。
頑張っても頑張っても途中で崩れると、人間社会は一瞬にして見放す。
残念ながら、これは社会的動物がゆえに大多数から外れたものは自分とは異なる、仲間ではないと思うように遺伝子にプログラムされているからどうしようもないのである。
見放されると一気に人間としての価値を損ない、ネガティブな考えが頭を巡る。
無価値な自分が生きていてもしょうがない。ここから消え去りたい。
正直そんな気持ちを抱きたくないのに、自然と頭の中で生まれてしまう。
世の中ってこんな生きにくいんだっけ...
ただ、体を崩し病気になり、何もかも失ったと思ってもそこから新たに気づくことがある。
自分自身が今回の適応障害で気づいたことは、
・自分がHSS型HSP気質であること。
・頑張っても報われるわけではない。
・人は自分に対してそんなに興味はない。(これはきっと親も含め)
・自分と他人を切り分ける。
・頑張るペースは人それぞれ。
・他人の幸せを思うなら、まず自分が幸せにならなければいけない。
・違和感があるものやことを放っておかない。
・自分の考えをもっと信じる。
・自分にもっと優しく甘えて、わがままでいい。
以上である。
自己中心的で自分勝手のように見えるが、
HSP気質である自分は、他人を卑下したり見下したり傷つけたりするのは自分の心が痛むのでやらない。てか、やりたくない。
だとしたら、周りの言う「頑張れ」に答えて頑張る必要もなく、もっとわがままで自分に甘くしていけばいいのではないだろうか。
「嫌われる勇気」と言う本があるぐらいだから、「頑張らない勇気」もあっていいとのではないだろうか。
と、朝散歩して思いました。
親だろうが友達だろうが何だろうが、自分には自分のペースがある。
複雑に見える世の中でも、複雑にしてくる環境が身近にあったとしても、
嫌われる勇気と頑張らない勇気を持って、自分がまず幸せになるために生きていきたい。
失ったらまた新しく始めればいい。
太陽と風が心地よく感じられたなら、また歩き始められる合図。
そんな気がするので、一歩ずつ自分の生きやすいように歩んでいこうと思います。
おわり